結婚で長崎に転居することになったことを機に、金融機関から税理士業界に転身した高浜氏。16年間実務に当たる中で、事業承継・M&Aのニーズが増えてきていると感じるようになったという。しかし、税理士事務所では満足にそれらのニーズに応えることができない。そこで、東京や福岡のような大きな市場は期待できないことを理解した上で、長崎での起業を決意した。同業者が県内にいないことが強みとなり、新たな仕事にもつながっているという。長崎で独立を決意した背景と今後への思いを聞いた。


長崎の事業継承を専門家として支援する


●引っ越しを機に金融業界から税理士業界へ転身
大学卒業後、東京の銀行に入行した高浜氏。中小企業の経営者を相手に仕事をする中で税理士の仕事に触れる機会を得て、その仕事内容に興味を惹かれていったという。その後、結婚を機に妻の出身地である長崎県に転居することになった高浜氏は、税理士業界へと転身した。
「税理士業界の仕事のメインは、税金に関する申告書の作成ですが、それだけではありません。銀行に融資を受ける際に必要な決算書作りも税理士の仕事。例えるならば、これまで私がやってきた銀行の仕事は答案用紙の丸付けであり、答案用紙を作るのが税理士の仕事です。どう書くかによって融資の通りやすさが変わるため、ここが税理士の力量の見せどころだといえます」
時代と共に、税理士の仕事にも変化がある。高浜氏が税理士業界に入った当時は、規制改革が進む中で不良債権処理が社会問題化しており、事業再生、不良債権処理の仕事が多かったのだという。その後、増えてきたのが事業承継に関する仕事だった。
●外注先が地元にない。その実感が独立につながった
事業承継に関する仕事のボリュームは年々増加。しかし、税理士のメイン業務は、確定申告や企業の決算に関する書類作りであり、1年間のうち半年間がそれらの仕事にかかりきりになるのだという。繁忙期はメイン業務で手一杯となり、事業承継やM&Aに割く時間がない。こうした現状に課題を感じた高浜氏は、事業承継やM&Aを任せられるアウトソーシング先を探す。しかし、長崎には事業承継やM&Aに関する事業を手掛けている事業所がなかったという。「じゃあ、自分がやろう」と独立を決意したのです。
高浜氏が取り組むことにした事業承継、M&Aの市場は東京がメインであり、九州地方でやる場合は「福岡がギリギリ」なビジネスモデルだという。しかし、長崎にも、自分が働く税理士事務所に事業承継やM&Aの依頼をする顧客がいることは事実。自身の安定性のためだけに長崎の顧客から離れるわけにもいかず、高浜氏は長崎での起業を決めた。
「少ないかもしれないが、確実に需要はある。自分自身の『アウトソーシング先がなかった』という経験が挑戦の支えになりました」




●「長崎の事業承継・M&Aの専門家」として活動を広げる
事業承継やM&Aにはさまざまな法律が関わってくる。「それらのバランスを見ながらいいあんばいのアドバイスができるようになった」と高浜氏は語る。
「税理士に求められるのは節税なので、税金が一番抑えられる方法を提案することが大半ですが、事業承継の場合は一番節税できる方法がベストではないケースもあります。要は相続なので、家族の背景や取り巻く環境、経営状況によって最善策が変わるのです。争族にならないよう意思疎通を図って仕事を進めるようにしています」
長崎で事業承継・M&A事業を始めたことは、新たな仕事にもつながった。事業承継やM&Aのマッチングサイトの長崎版に参画する専門家として声が掛かったのだ。複数サイトがある中、ほぼすべてのサイトから声が掛かったという。2022年11月にリリースされたTRANBI長崎県版の担当者として、専門業務を引き受けることになった。
事業承継を支援する専門家を養成する民間資格「事業承継支援スペシャリスト」講座を2022年11月から開始した。「各都道府県に支援スペシャリストがいれば、どの地域でも事業承継が円滑に進むようになる」との思いで、活動の幅を広げている。
事業承継・M&Aマッチングサイト側には、各都道府県に専門家を設置したいというニーズがあるのだという。しかし、高浜氏が調べた際に県内で見つけられなかったように、まだまだ専門家がいない地域が存在しているのが現状。国の機関である事業承継・引継ぎ支援センターが公費を使って集めた事業承継案件に、自ら対応せざるを得ない状況が続いている。
都市部より市場が小さい地域で事業を軌道に乗せる秘訣は、地元事業者との密接な関係性を築くことだと高浜氏はアドバイスする。「税理士事務所や金融機関で地元事業者と関わった経験があると、顧客企業を持った状態で独立できるため、円滑に立ち上げられるでしょう。各都道府県にある事業承継・引継ぎ支援センターの本来の趣旨は、集まった案件を民間プレイヤーに担当してもらうこと。専門家がおらず仕方なく行政がやっている状況はいびつであり、そうした地域には民間事業者が活躍するチャンスがある。専門家の裾野を広げられるよう、今後も活動していきたいです」と語ってくれた。