この世に⽣きる⼈は、例外なくいつか最後の時を迎える。2020年からの新型コロナウイルス感染症の流⾏から、あらためて⽣と死について考えるようになった⼈もいるかもしれない。葬儀という別れの場は、ただの儀式ではなく、命の継承にも通ずる⼤切なものである。そう考えるのが、有限会社統美の染⾕幸宏⽒だ。同社から発売されたご遺体専⽤⾼保湿化粧⽔「看送⽔」は、ご遺体に相対する納棺師だけではなく、ご遺族が故⼈様のためのケアができる専⽤アイテムだ。同社の歩みと、看送⽔の開発秘話について染⾕⽒に話を聞いた。


手と目で見て、故人様をお送りする。「命の継承」に込める思い


●偶然の出会いから納棺師の世界へ
染⾕⽒が納棺師の世界に⾜を踏み⼊れるきっかけとなったのは、現職に就く前に出会った求⼈広告のキャッチフレーズ「⼼ある⼈の⼼の業務」だった。求⼈元の湯灌納棺会社に⾯接に⾏き、実際の仕事現場を⾒学した染⾕⽒。故⼈様の家族に感情移⼊をし、思わず涙があふれてしまったという。当時について、染⾕⽒は「連れてきてくれた先輩には怒られてしまいましたが、それくらい⼼を揺さぶられる場だったのです。湯灌納棺の仕事は、⼀⼈⼀⼈の⼈⽣を尊べるものなのだと思い、働くことにしました」と振り返る。
納棺師として働き始めて7年。染⾕⽒は仲間3⼈と同社を⽴ち上げる。独⽴の背景には、「⼈⽣の最後の姿をきれいにして旅⽴っていただきたい、ご家族にきちんとお別れの場を持ってもらいたい」という思いと現実とのギャップがあった。
「故⼈様をきれいにすることは特別なオプションだという認識の現実に対し、たとえ⾦銭的に厳しくとも、お顔をきれいにして差し上げたい。"その⼈らしく"来世へ旅⽴つお⼿伝いがしたい。そう思い独⽴を決めました」
着せ替えと湯灌のみが主流だった業界で、⾦銭的な事情で湯灌を頼めない場合でも故⼈様をきれいにできるメイクメニューを⽴ち上げ、会社は順調に成⻑を遂げた。
●故人様の体とご遺族の心を守る「看送水」誕生
同社では、2019年より「看送⽔」という故⼈様専⽤の⾼保湿化粧⽔を販売している。開発の背景には、「故⼈様のにおいを防⽌できる消臭剤ができないか」という葬儀社からの要望があった。
「故⼈様のにおいは以前からの課題で、別の⾹りを上乗せしたり、においの発⽣源を断つために故⼈様を覆うような⼿法を採ったりと、さまざまな⼯夫がなされてきました」
できるだけ⽣きていたころと変わらない姿を保ちつつ、においを軽減するには、ご遺体を可能な限り傷ませない処置が適しているのではないかと考えた染⾕⽒。そこで着⽬したのが化粧⽔だった。
納棺師は市販されている化粧⽔を使⽤している。そこで、染⾕⽒はまず使⽤している化粧⽔を並べ、それぞれの効果や⽤途を調べていったという。開発を担当したのは、経営者向けセミナーで出会ったという株式会社ヒュッゲの代表、⽬代⽒。開発を進めるなかで、これまで良かれとしていたケアがかえって腐敗を進める要因になっていたことに気づいたという。
「⽣きている⼈を守る常在菌は、亡くなった段階で腐敗を進める原因となります。化粧⽔の⽔分により常在菌の繁殖を促進していた可能性があると気付いたのです」




●命の大切さを伝えていける会社を目指して
「看送⽔」という名は、染⾕⽒と⽬代⽒が出会ったセミナーの講師による「⼿で⼿当てをし、⽬で⾒て故⼈様をお送りする、看送師と呼べるお仕事ですね」という発⾔に由来する。染⾕⽒は看送⽔に込める思いについてこう語ってくれた。
「亡くなったご家族に看送⽔を吹きかけて差し上げる⾏為は、『何かをしてあげられた』という実感につながり、グリーフケアになります。故⼈様を守るだけではなく、ご遺族の⼼を守れる化粧⽔でもあるのです」
葬送の形は時代と共に変化し、今では通夜・葬儀を⾏わない形も出てきている。しかし、⽕葬のみのスタイルは簡素過ぎてしまい、しっかりとお別れが出来ず、ご遺族が気持ちの⽴て直しに苦労する恐れがあると染⾕⽒は考えている。規模の⼤⼩は問わず、できる範囲で送ってほしい。それが残された⼈たちが前を向ける後押しになる。これが染⾕⽒の思いだ。
「命の継承は今後、より⼤きな問題となっていくでしょう。死は悲しいことですが、忌避されるべきものではありません。葬儀は命の締めくくりの場であり、その雰囲気に接した⼦どもたちにとって、命の尊さを肌で感じられる機会になるはずです。その実感が、いじめや⾃殺問題の解決にも役⽴っていくのではないかと思っています」
納棺師と聞いてイメージされる仕事は、その名のとおり「納棺をする⼈」だろう。しかし同社の仕事は、故⼈様をできる限り変化させずに別れの時を迎えられるようにすることだ。孤独死や闘病による死を迎えた⼈、事故などで亡くなられた⽅のご遺体の場合、縫合や腹⽔を抜くといった⼿当てを施し、できるだけ⽣前に近い姿に戻すことも仕事内容に含まれる。職業名について、「納棺師ではなく遺体保全師と表したほうが実態に即しているでしょう。先⽣がおっしゃった看送師という呼び名も、まさにだと思います」と染⾕⽒は述べる。
命の⼤切さを伝えていく活動をしていきたい。そうした思いから、Podcastでのラジオ配信や統美としての書籍の出版、SNSでの発信など、積極的に新たな挑戦を続ける統美。オフィス近くの商店と密な付き合いを持つほか、多くの⼈が亡くなった東⽇本⼤震災からは、JIM-NETへのチョコレート募⾦への参加、⺟⼦家庭⽀援施設への寄付など、できる範囲での社会貢献活動にも⼒を⼊れているという。
何かとドライな現代社会だからこそ、今⼀度「お別れ」から命の⼤切さを伝えたい。統美による次世代への命の継承活動は、今後も続いていく。