[●REC]

ヒトが繋ぐ、時代を紡ぐ

ストレスフル社会を救う発言する仏教者

妙乗院
住職
酒井圓弘
SAKAI_ENKO

「ストレス社会」とも言われる現代、新型コロナウイルスのパンデミックで、感染への不安や自粛生活の疲れなどから心身の不調を訴える人が一層増えている。そんな時代に、人工の滝行施設など訪れる人々の心を癒やす工夫を凝らしている愛知県東海市の妙乗院。酒井圓弘住職は、自身も心の不調に苦しんで仏門に入った経験から、ストレスフル社会におけるメンタルケアの大切さを語り続けている。

若者が共感する言葉で話す

酒井住職は水産高校を卒業後、マグロ漁船に乗り込んだが、船酔いに苦しみ、船を下りた。その後、転職を繰り返し、「氷の滑り台みたいに捕まっても落ちてしまう感じで、どん底まで落ちた」と振り返る。「もう一回リセットしたい」と、母方の祖父が僧侶だったことを思い出し、比叡山延暦寺に入り、13年間の修業を経て、妙乗院の住職に就任した。

平安時代創建の妙乗院は観光中心ではなく、地域の檀家に支えられた寺院だった。酒井住職は「葬式をする場ではなく、若い人たちに気軽に来てもらえるような寺にしたい」と思い、「仏教用語だけではなく、若い人がイメージできて、共感してくれるような言葉で話をしよう」と心理学や気功、ヨガ、瞑想、脳科学などの専門的な知識や技術を学んだ。

さらに、本堂の正面に大きいステンドグラスをちりばめて、明るくきらびやかにして、庭も手を入れてライトアップするなどの工夫を凝らし、人工の「滝場」を設置して、マスコミにも取り上げられ、注目された。酒井住職は「ストレスを発散する場として滝行はすごくいい。ただ、自然の滝は、着替える場所もなく、雨で水量が変わってしまったり、木が流れてきて危険だったり、罰ゲームになってしまう。人工の滝なら地下水をくみ上げて、安全で水量も一定しているので、雑念が入りにくく、集中できる」と語る。

「一歩踏み出す努力」を説く

こうした努力で、妙乗院には若者が多く訪れるようになり、若手社員や管理職向けの企業研修にも利用されるようになった。そこでは量子力学や心理学の話から、メンタルヘルスやマインドフルネスを語っていく。「企業研修向けには、心理学での『コンフォートゾーン』の話をよくしています」という。「コンフォートゾーン」とは、自宅など慣れていて不安や恐怖が少ない場所で、そこから出ると不安や恐怖が増えて、パフォーマンスが落ちるといわれる。酒井住職は「居心地はいいけど、高みを目指そうと思ったら、そこから一歩踏み出して挑戦しないといけない。ただ踏み出すとバランスを崩すので、それを戻すために努力するんです。同じ場所にとどまっていては取り残されてしまうので、経営でも一歩踏み出すために努力することが大事」と説く。

ネットを使った情報発信にも積極的に取り組んでいる酒井住職。TikTokで法話を発信すると、再生数50万回以上、いいねが7万、フォロワーが8500人ついた。「寺に来てもらうだけでは限界がある。お釈迦さまやイエス・キリストが生きていたら絶対使っていると思います」とうれしそうに語る。さらに「最近中学生に話すことが多い」といい、「コロナで環境が大きく変わって、ついて行けずに引きこもったりする子がいますが、いまは通信教育などいろいろな選択肢があるから、楽にさせてあげます。今の子は頭がいいので、先が見える。その分挑戦をしないので、一歩踏み出すことも大事だと思う」と気遣う。

夢の米国進出

酒井住職自身、米国進出に挑戦している。「肩書ではなく、今その人が何をやっているか、チャレンジをしているかどうか、で共感してくれる。そこで自分自身が“アウェー”の場所に行って、どれだけ通用するかを試してみたい」と50歳から英語を学び、2年前には米国の大学でリモート講演を行った。さらに、11月にはカリフォルニア州立大サクラメント校での講義が予定されている。

人種差別や格差などさまざまな問題がある米国の大学で、コロナでさらに抑圧が増えている学生に対し、「ストレスフルとメディテーション」をテーマに講義をする。「英語を丸暗記して話すので、一生懸命準備しています。チャレンジです」と目を輝かせる。

最終的には、ニューヨークで公演をして、米国で寄付を集めて子供たちのための養護施設を作りたいという。「『死』から逆算して考えると、子供たちに囲まれて死にたいと思った。そして、米国は日本以上に競争が厳しく、ストレス社会が進んでいるので、将来を担う若者を支援して、ストレスフリー社会の実現に向けて、私のできることに取り組んでいきたい」と意気込む。

「仏教と哲学の違うところは、仏教は生きる指針を教え、哲学はいろんな方法論を説く」という酒井住職。「宗教について論議がある時代だからこそ仏教者は発言しないといけない」と、酒井住職は前に進み続ける。

酒井圓弘

RECORD

妙乗院
住職酒井圓弘
1963年、愛知県蒲郡市生まれ。水産高校を卒業後、マグロ漁船の乗組員や食品の営業を経験。1990年、天台宗総本山比叡山延暦寺に入山。1992年、妙乗院に入り、1993年佛教大学卒業。2005年、第25代住職に就任。心理学、気功、ヨガ、瞑想など専門的な知識や技術も習得し、滝行の施設を設置するなど現代に合った寺づくりに尽力。米国での講演や海外法人の相談役に就任するなど海外に視野を向ける。