「創る同志をつくる」を経営理念に掲げ、人にフォーカスしたものづくり企業として成長を続ける株式会社鉞組。幼いころに街中で見かけたとび職人の姿に憧れたことが、代表を務める鉞氏の原点だ。自身の技術力に自信を持ち、「経営を退いたあと、体が許せば職人に戻りたいほど現場仕事が好き」と語る鉞氏。経営者となったあとも昔気質の職人として歩みを進めてきたが、ある出来事を機に大きく会社の在り方を変えることとなる。「人づくり」を重要視しているという同氏に、転機となった出来事、そこからの飛躍について話を聞いた。
技術を継承し、人を育てる。「開国」が会社の成長につながった
●身内の自死が、自分について見つめ直すきっかけに
ものづくりに携わる企業である鉞組だが、鉞氏が重視しているのは「ものづくりより人づくり」。経営理念「創る同志をつくる」にも、同氏の思いが表れている。人事評価では、マネジメント力、後進の育成がどれだけできているかが重視されており、いくら個の技術が秀でていても、それだけでは昇進、昇給に結びつかない仕組みを作っているという。
しかし、この体制に変わったのはここ数年のことだ。「創業して15年ほどは実力主義の会社で、代表である自分がけん引していく社風でした。ワンマンな感じだったと思います。理念も特になく、意識もしていませんでした」。
転機となったのは、2018年に起きた身内の自死だった。「中学生時代にも母の自死を経験していまして、後悔や無念を引きずりながら起業したという背景があります。一度も売り上げを落とすことなく成長を続け、経済的にも満足できるようになった。でも、一方で『これでいいのか』という気持ちもあったんです。再び起きた身内の自死で、そのもやもやした気持ちに向き合い、自分の在り方や何のために何をどうしたいのか考えることになりました」
●「人」にフォーカスした会社を目指し、社内改革を実施
1年ほどの内省を経た鉞氏が出した結論は、「私は自分や会社だけではなく、社員やお客様、社会にとってもいい状態でなければ心から満足できない人間なのだ」ということだった。
「それまでは、会社を成長させるために実力とお金が優先で、売上げと利益を稼ぐために人が必要という感じだったんです。でも、本来の私はその考えにしっくりきていなかった。だからもやもやしていたんだということに気付けたんです」
そこから約1年をかけて自身の信条からなる会社の理念を作り上げた鉞氏。売り上げのために人がいるのではなく、人のために尽くした結果、売り上げや利益につながると確信を持てたという。これまでとまるで真逆のことを言い出した鉞氏に、社員は戸惑いを見せた。
「休みなく働くことがかっこいい、困難こそがかっこいいと言ってきたわけですから、無理ないですよね。『福利厚生や休日の確保、社員への還元はいいことですが、社長が1番できないのでは?』と聞かれました。また、理念経営を本格始動し、社内規定や人事効果制度など会社の仕組みを整えていく過程でそれに共感できない社員も少なくなく、離職者も多くでましたが、一方で新たな社員もそれ以上に入社してくれました」
●「安全第一」の本質は人命。現場社員に限らず、社員の健康を考えた経営を
「人を育て、人をつくる」という信念に、仕組みや行動を紐づけていった鉞氏。様々な研修や専門家の知見も取り入れ仕組み化し、人を育てるマネジメントに力を入れていった。月に1度は全業務を止め、課題に対してチームごとに協議する場を設置。協議の場で出たアイディアを採用し、仕組みの改善を続けた。また、年に3度は顧客など社外の関係者も招くマサカリサミットを開催し、理念の浸透に努めてきた。
「労働時間内に業務を止めて行うわけですから、1回のコストは大きいです。始めた当初は役員報酬をカットする覚悟でしたが、結果的に増収増益に繋がりました」
鉞氏は健康経営にも取り組んでいる。現場仕事は安全第一。その安全の本質は人命尊重であり、現場の安全だけではなく、社員全員の健康を第一に考えることにつながるというのが鉞氏の考えだ。
「社員が自発的に健康を意識できるよう、体を電磁波粒子でスキャンしてAIが健康状態をリポートする仕組みを導入。年に2度全社員をスキャンしています。体の変化が可視化されることで、食生活を意識するなど、社員の行動変容につながっています。ウォーターサーバーの水が3倍くらい早く減るようになったんですよ」
過去の自分や会社を「鎖国状態」と例える鉞氏。他人、他社に抜かれたくないという心が、技術継承の障害になっていた。鉞氏自身、自らの技術を教えようとはしてこなかった1人だ。そのスタンスから脱却後、業界の協会に入り、積極的に情報を共有するようになった同氏。業界全体の課題改善に目を向けるようになり、今では多くの協会や団体で重役を務めている。
「会社がオープンになったことで営業領域が広がり、メーカーとのタイアップの話がくるなど、チャンスをいただける機会が増えました。教えよう、共有しようという姿勢が、結果的に自社の成長にもつながったのです」教え育てることが評価されるようになれば、現場仕事が厳しくなったベテラン技術者のセカンドキャリア構築にもつながる。2024年の夏に完成する研修センターで、トレーニングの仕組みを整えることを目指しているという。
「日本人だけでなく、外国人就労生も含め、建設職人をきちんと育成する場所がもっとあるべきだと思っています。自社で試して、より成果が出た内容を具現化し、人材育成事業として他社様にも提供したいですし、建設職人のセカンドキャリアとして講師の育成も進めていきます。専門技術や技能だけではなく、コーチングやマネジメントスキルなどもサービスとしてお伝えしていきたいです」