動物医療における安心を提供するためには、夜間診療体制の整備が不可欠だ。つくば夜間動物病院院長の唐津健輔医師は、アメリカの専門医資格挑戦で挫折を経験しながらも、日本の動物医療の課題に真摯に取り組んできた。臨床スキルを磨く中で夜間診療の必要性を痛感し、地域に根ざした夜間動物病院を設立。運営やスタッフ育成にも注力している。今後は、全国各地に夜間動物病院を設置し、地域ごとのチーム医療を実現することを目標にしている。唐津医師に、日本の夜間動物診療の課題と展望を伺った。


地域を支える夜間動物医療の未来を築く基盤を目指して


●夜間診療の課題と看護師のキャリアを支える環境づくり
夜間にペットが体調を崩した際、飼い主にとって頼りになるのは夜間診療である。しかし、夜間専門の病院でない場合、日中のかかりつけ病院に診せるまでの「つなぎ」として扱われ、十分な検査や診断が行われないことが多いと言われている。一方、かかりつけの動物病院では、救急対応が頻繁に求められるわけではないため、動物看護師が救急現場での経験不足から無力感を抱くことがある。そのため、救急対応の知識やスキルを高めるために、夜間動物病院での勤務を希望する看護師も少なくない。
さらに、動物看護師全般の課題として、過酷な労働環境によって、多くのスタッフが10年以内に離職してしまう現実がある。院長は、愛玩動物看護師が国家資格となった今こそ、看護師たちがそのスキルを長く生かせる職場環境の整備が急務であると強調している。院長が目指すのは、夜勤に限らず昼間の勤務も可能にし、定年まで働けるシステムを整えることで、看護師が自信を持ってキャリアを築ける職場づくりである。スタッフを「家族のように大切な存在」と捉え、「一生一緒に働きたい」と思ってもらえる職場を目指している。
●夜間診療におけるセカンドオピニオンの重要性と診断の役割
夜間動物病院が単なる救急対応にとどまらず、セカンドオピニオンとして重要な役割を果たしている。唐津院長は「昼間の獣医が適切に診ていても、何らかの理由で夜間病院に来る事態は発生します。夜間病院は、第二の目としてその動物をしっかり診ることが求められます」と語る。
夜間診療は、昼間のかかりつけ病院では見落とされがちな症状や変化に気づく機会を提供する。院長は「毎日同じ動物を診ていると、変化に気づきにくくなることがあるが、夜間診療を通じて全身の状態を整理し把握することができる」と述べ、夜間診療が昼間の診療を補完する役割を担っていると説明する。
また、院長は「正確な診断がなければ、適切な治療法も見つからない」と断言し、診断に基づく治療の重要性を訴える。この丁寧な診断プロセスが、昼間の病院へのフィードバックとなり、動物の全体像を深く理解する助けとなる。
唐津院長の願いは、夜間動物病院がより重要な役割を果たし、獣医療全体の質を向上させることである。夜間診療が信頼され、動物たちの健康を守る存在として確立されることが期待される。




●夜間動物医療のインフラ整備と全国展開への取り組み
動物医療の現状について、唐津院長は「夜間診療をうたっていても、実際にかかりつけ病院と同等の夜間対応ができる病院は非常に少ない」と警鐘を鳴らす。現在、全国で「夜間に必ず開院し、臨時休診せず、スタッフが常時待機している病院」はわずか20院程度しかなく、明らかにインフラとして不十分であると指摘している。
「蛇口をひねれば水が出るように、電話をすれば必ず対応してくれる夜間動物病院が必要だ」とし、夜間動物病院が地域ネットワークの基盤として整備される必要性を強調。また、「夜間病院の存在は飼い主に大きな安心感をもたらし、近隣の動物病院の負担を軽減する重要な役割を果たす」とその意義も述べている。
現在、分院設立計画が進行中で、夜間動物病院のネットワーク拡大を目指している。この取り組みが各地域で認知され、他の地域からも「夜間病院を作ってほしい」との要望が上がることを期待しており、最終的には全国的な夜間動物医療の不足を解消することを目標としている。
唐津院長が掲げる経営ビジョンは「三方良し」だ。「win-winでは必ず誰かが損をする」という経験から、三者の関係を円滑に機能させることの重要性を強調する。「夜間にどの病院も開いていないとき、夜間専門の動物病院が1つあれば、地域の動物病院の先生方は安心して休むことができ、飼い主も24時間安心できる」と、夜間動物病院の必要性を説く。
全国規模での夜間動物医療ネットワーク拡大を目指す一方で、「最も大切なのは人材」とし、地域のチーム医療を支える人材育成に力を入れている。動物看護師が長く働ける職場環境を整え、ライフスタイルに応じた働き方を支援する新たな事業展開も視野に入れる。
「全国的な夜間動物医療の不足解消」への第一歩として、千葉の分院設立など着実に歩みを進めており、こうした取り組みを通じて、全国に安心して利用できる医療ネットワークの実現が近づいている。
また、地域社会への貢献として、日中の空いている施設を「学生や子どもたちの社会科見学の場」として活用することも考えており、地域の未来を担う人材育成に寄与したいと願っている。「三方良し」の輪は、さらに広がりを見せるだろう。