自動車産業は、100年に一度の大変革期を迎えている。電気自動車(EV)へのシフト、自動運転技術の進化、そしてMaaS(Mobility as a Service)の台頭。こうした激動の時代に、中小の自動車部品メーカーはどのように対応し、生き残りを図るのか。栃木県佐野市に本社を構える株式会社エスケイの代表取締役である保科純一郎氏に、現状と未来への展望を聞いた。証券マンから製造業の経営者へと転身し、14年の修行を経て社長に就任した保科氏。その言葉から、製造業かつ中小企業ならではの苦労と、それを乗り越えてきた知恵と気概、そして、関わる全ての人の幸せを願う経営者の在り方が浮かび上がる。
先を読んだ設備投資と凡事徹底で挑む、自動車産業の大変革期
●大型設備投資で、EV時代に備える
創業60年を迎えるエスケイは、金属部品のプレスや樹脂部品の成形を中心に、エンジンまわり以外の多種類の自動車部品を製作する。「ここ数年はEV用の部品製造に向けた仕込みの時期でした。これから刈り取り期に入ります」と保科氏は語る。その舞台となるのが本社の敷地内に建設した新工場だ。
EVへのシフトに伴い、車体の軽量化が求められるなか、より薄く、より硬い高張力鋼板の加工が必要となっている。従来の200トン級のプレス機では成形できない部品が増えたため、600トン級の大型プレス機を導入し、より高度な加工に対応できる体制を整えたという。
保科氏は「EV車で新たに必要になる部品に手を広げるのではなく、今までの強みをスケールアップするイメージです」と説明する。投資額は約20億円。売上高35億円の会社にとっては、大きな決断だった。綿密な事業計画を立てることで、銀行からの融資を受けることができたという。
「この判断が的確だったか否か。答えが出るのは10年以上後かもしれません。2025年の秋から出荷を開始しますが、既に5年分の依頼をいただいています。今のところは順調といえるのではないかと考えています」
●設備投資が功を奏し、震災の危機を乗り越える
保科氏がエスケイを知ったのは、妻の実家の家業だったから。婚約者として挨拶に行ったとき、未来の義父から「後を継いでほしい」と示唆されたという。証券会社で営業職を務めていた保科氏にとって予想外のことだったが、心は揺れた。
「新卒で証券会社に入って4年目のことで、証券営業という仕事の意義に疑念を感じ始めていたころでした。証券会社内では『日本の製造業はもうダメだ』と言われていましたが、私はものづくりをする仕事に惹かれるものがありました」
1年後に証券会社を退職し、エスケイに入社。14年間社員として働き、2010年に代表取締役に就任した。その1年後に、東日本大震災が発生。「震災直後、自動車メーカーの生産がストップし、3ヶ月近く売上ゼロの状態が続きました。『倒産』という言葉が頭をかすめましたね。その後、今度は復興需要で以前の倍のオーダーが入ったのです。震災発生の前月に24時間稼働可能な体制を整えていたおかげで、何とか対応できました」
同業者の倒産も少なくなかった当時を振り返り、保科氏は「ほとんど家に帰れない日々が続き、本当に大変でした」と語る。しかし、この経験が会社の結束力を高め、今日の成長につながっている。
●人材確保と育成の鍵は、働きやすく自ら育つ環境の構築
新たな設備の導入は、日本の製造業が直面する人材確保・育成の課題も浮き彫りにする。保科氏は、人手不足と技術継承の問題に対応するために、製造ラインの自動化を進めてきた。新工場でも多数のロボットを導入する。省人化を進めているとはいえ、人材が不要になるわけではない。日本人の若手作業者の確保が難しくなっていることへの対策として、外国人社員の採用や技能実習生の受け入れを積極的に行っている。
「技能実習生の採用が決まったら、その人の実家を訪ねてご挨拶しています。日本で気持ち良く働いてもらえるように、住環境にも力を入れ、エアコン付きの寮も完備しています。実習生から良い評判が広がって、彼らの兄弟や友達が応募してくれるんですよ」
技能実習生だけでなく、高度な専門性を持つ外国人社員も採用。「帰国されてしまうと大打撃です」と、外国人社員の優秀さを誇らしげに語る。人材育成に関しては、「人は育てるものではなく、育つ環境を与えるもの」という考えのもと、若手社員に責任ある仕事を任せ、成功体験を積ませるよう心掛けているという。「今回の20億円の設備投資も、40代の製造部長に一任しました。『責任は俺が取るから』と背中を押しました」
保科氏が掲げる経営モットーは「凡事徹底」。現行の車のモデルが続く限り、部品メーカーには供給責任がある。毎日同じ部品をほぼ同じ数、納入し続けなければならない。そのために「当たり前のことを当たり前にやる」という基本を大切にしている。
「いたずらに事業を拡大しようとは思っていません。自動車業界のサプライチェーンで、本当に必要とされる会社であり続けることが目標です。これを達成するためには、後継者のいない取引先の未来を支えることも考えていかねばなりません」と表情を引き締める。
業界の未来を見据えながらする大型の設備投資や経営支援という大きな決断と、日々の地道な作業の繰り返し。それを通じた人材育成。異なる性質の責任を負う保科氏の願いは、取引先や地域社会も含めたエスケイに関わる全ての人の幸福だ。また、地域社会に貢献することも会社を経営する目的の1つであると考え、地元のスポーツチームへの支援も行っている。
「栃木県足利市の男子バレーボールチームのスポンサーになりました。特に、ジュニアチームの活動資金を援助しています。子どもたちの育成を通じて、地域の活性化に貢献したいですね」