[●REC]

ヒトが繋ぐ、時代を紡ぐ

築炉職人を増やすアイディアがSDGs達成・社会貢献に

株式会社ハヤシチクロ
代表取締役
真一郎
HAYASHI_SHINICHIRO

「炉がなければ、私たちの生活は成立しません」──。そう語るのは、株式会社ハヤシチクロ(以下:ハヤシチクロ)代表取締役の林真一郎氏。精密な飛行機の部品やマグカップなど、我々を取り巻くあらゆる製品は「炉」によって生み出され、ゆくゆくは燃やし溶かされゴミや鉄くずに姿かたちを変える。ものづくりの“原点”にして“最終地点”でもある炉は、林氏いわく「製造業のOS」。このエッセンシャルな炉の施工を「築炉」と呼ぶが、業界では後継者不足が相次ぎ、廃業を余儀なくされるケースがあとを立たない。そこで林氏は職人ならではのアイディアで商品開発を行い、築炉に脚光が当たるよう奔走している。現在進行形の思いを聞いた。

築炉は「製造業のOS」、秘められた可能性に気づく

林氏が耳慣れない「築炉」に触れたのは、大学を中退して仕事を探している時だった。もともと独立志向のあった林氏は、父の紹介で後継者不足に頭を悩ませる一人の築炉職人に出会う。その世界へ飛び込んでみると、「新しく設けるにせよ修理して使い続けるにせよ、築炉に“終わり”はない。製造業に欠かせない“OS”なんだ」と気づく。親方の跡を継ぎ、築炉で身を立てようと決意する瞬間でもあった。

とはいえ、手放しでブルーオーシャンを謳歌していたわけではない。依頼主である企業の求めに応じて特定ジャンルの炉をつくる業界の構造上、築炉職人の経験やスキルは次第に専門化していく。企業も“勝手知ったる”同じ業者に偏って発注する傾向に。林氏は「8年の修行でいろんな図面から炉を起こせるようになったつもりでしたが、まだまだでした」と築炉の奥深さを語る。

得意ジャンルを評価してくれる取引先がなかったため、林氏は独立に際してあらゆる炉をつくらねばならなかった。「どんなご要望にも対応しようと多くの職人さんと出会い、炉づくりの幅が広がりました」「そのおかげで、当社ほど多彩な炉を施工している業者はないと自負しています」と自信をのぞかせる。

繊細な熟練技で製造業を支える築炉職人を増やしたい

木や紙くずなどを燃料にすることで二酸化炭素(以下:CO2)を大幅に削減しながら金属を生成するバイオマスボイラーをはじめ、アルミ炉・電気炉・焼却炉・脱臭炉・キューポラなど、炉の種類は用途によって多様に分かれる。特に精密機器の部品を生産する工業炉、遺体を焼く火葬場には繊細な職人技が必要とされる。

「6時間で980℃まで上げ、温度を維持しながら2日間かけて100℃以下まで下げるなど、企業のオーダーは緻密」と林氏。炉の建設に必要なレンガや耐火物にひびが入るだけで中の温度に狂いが生じ、規格通りの部品がつくれない。火葬場も同じ。「同じ温度で火葬すると、若い人の骨はキレイに残っても脆いお年寄りの骨は灰になってしまいます」。ゆりかごから墓場まで、我々の生活は築炉職人に支えられている。

しかし現在、こうした繊細な仕事ができる熟練の職人が減っている。後継者不足による廃業の増加は、元請け・下請けの受発注関係を超えて製造業全体の課題に発展しつつあるのだ。そこで林氏は、少しでも築炉の世界に興味を持ってもらおうと新規事業に乗り出した。「普段、私たちが炉の製作に用いる耐火物を使ったアウトドアグッズです」と言って、不思議な形をしたオリジナルレンガを見せてくれる。

築炉の世界を広める取り組みが、いつしかSDGsの達成に

「KUMINO BRICK」と名付けられたその製品は、木組みの積み木おもちゃをレンガでつくれないか問い合わせを受けたことがきっかけで誕生した。レンガの2ヵ所に溝を刻み、「E」の形をした柱状に加工。それらを組み合わせることで、1300℃までの高温に耐えられる焚き火台や調理用の窯に“トランスフォーム”する。アイディア次第で多様な組み方ができ、さまざまな用途に使えるのだ。

廃棄されていた卵の殻を原材料に用いた野菜洗浄剤「Kararan」も、築炉職人ならではの発想で生まれた商品といえる。「築炉職人は、依頼主の企業が抱える悩みに直面するポジションでもあるんです。悩みの“巣窟”から思わぬひらめきが生まれることも」と林氏。マヨネーズ工場で大量に廃棄される卵の殻に着目して有効活用の道を探るうちに、栄養を洗い落とさず農薬のみを除去する「野菜洗浄剤」にたどり着いた。卵の殻から薄皮を取り除き、細かく粉砕。すると高アルカリ成分が発生し、野菜や果物に付着した化学肥料だけを落とす洗浄剤になるという。

「日本では水洗いが主流ですが、食材に洗剤を使うのは欧米だと当たり前。我々の体によいだけでなく、環境問題の解決にもつながります」。築炉を広く知ってもらう取り組みが、いつしかSDGs(持続可能な開発目標)の達成に貢献していた。

「これからも築炉職人のアイディアで、地球にやさしい取り組みを世に広めていけたら」製造業の“原点”にして、“最終地点”でもある築炉の世界。ものづくりの根幹に深く関わっているからこそ、林氏が率いるハヤシチクロは世界共通の課題である環境問題に目ざとく反応できるのだろう。企業の公式サイトではSDGs宣言がなされ、その達成に向けて行うアクションが具体的に明記されている。「脱炭素化社会を目指し、炉から排出されるCO2問題に関して貢献できるよう努める」は、そのひとつ。林氏は「炉の構造や煙の通るルートを工夫すればCO2は確実に減らせる」と、小さな積み重ねで大義を全うする覚悟を語る。

その創意工夫こそ、築炉職人の存在意義といえる。「役目を終えた製品を再生し他のアイテムに生まれ変わらせる活動はよく耳にしますが、廃棄されていたゴミに命を吹き込む着眼点を持ち合わせているのは築炉職人ならではでしょうね」と林氏。現在は卵の殻に次いで、食肉加工の過程で生まれる「骨」に着目しているそうだ。

「商品を使う人が増えるほど、世の中からゴミがなくなる。そんな築炉職人ならではの取り組みで、社会貢献できたらいいですね」

林真一郎

RECORD

株式会社ハヤシチクロ
代表取締役林真一郎
1971年生まれ、愛知県出身。愛知大学を中退後、1994年に松井築炉工業所に入社。修業後の2002年に独立し、 個人事業主としてハヤシチクロを創業。2006年に法人化し、有限会社ハヤシチクロを設立した。2009年に株式会社化して現在に至る。2020年には、日ごろ炉の製作に用いる耐火レンガを使ったアウトドアグッズを販売する株式会社KUMINO BRICKを立ち上げた。