休みが少なく、長時間働かなければならない。慢性的に人手が足りない。一般消費者に身近な業界である飲食業や小売業には、このような過酷な職種だというイメージがあるのではないだろうか。労働環境を改善したい気持ちはありながら、なかなか従来の働き方から変わらない原因には、情報の非対称性があるのではないか。そう考えるのが、ステップ・アラウンド株式会社の中島崚氏だ。コンサルタント時代に小売業のIT化の遅れを課題と感じ、業界に寄与したい思いが芽生え、数年後に副業としてメディア運営を開始した中島氏。その経緯と、会社経営への思いを聞いた。
第3次産業のDX化を支援し、楽しく働ける環境づくりを後押しする
●小売業のIT化の遅れを痛感した新卒時代
祖父、父が自営業という家庭で育った中島氏。自身も今では経営者だが、元から独立志向が強かったわけではなく、とはいえ定年まで会社員として勤めるイメージも抱いていなかったという。
新卒でフロンティア・マネジメント社に入社。就活の際は、「業界を絞らず、より広く知見を広げたい」という思いを軸に据えていたと振り返る。コンサルティング会社であれば、短期間で成果が見えやすいのではないかと考えての選択だった。
新卒時は、ちょうど社会でIoTが叫ばれていた時期だった。中島氏は、担当する百貨店などに顧客データを出すよう依頼したが、「データはあるが、ベンダーに数百万円を払わなければ出せない」と言われ、衝撃を受けたという。「それでは何のためのデータなのかと。小売系企業のIT化の遅れを強く感じましたね。結局、このときは自分の人件費の方が安いと判断し、店舗に張り付いて自らデータを取りました」
その後、会社のチーム編成が大きく変わるのを機に、スマートキャンプ社に転職。財務会計スキルを生かせること、シードアーリーフェーズのスタートアップのリアルを学びたいとの思いから、マネーフォワードベンチャーパートナーズ社に出向した。
●副業で始めたメディア運営が軌道に乗り、独立へ
現在、中島氏が運営している店舗・EC事業者向けのメディア「OREND(オレンド)」は、もともと副業として始めたものだ。2018年、とある事業企画を担うことになったが、Webメディアサービスに詳しいわけではなく、エンジニアやマーケターなどの仕事内容や苦労も知らなかったため、自分でイチから挑戦してみようと思ったのだという。
「以前から飲食店や小売業向けに何かをしたいという気持ちがあり、そこに向けたメディアというのは早々に決まりました。会社も応援してくれましたね。コンテンツ企画力がまったくなかったので、完全に手探りでのスタートでした」
会社の同僚や取引先、知り合いの飲食店経営者など、さまざまな人に「どういうツールがほしいのか」「何を知りたいのか」をヒアリングし、記事を作成。店舗・事業者の実情を考え、一斉に営業電話がかかってくる一括資料請求ではなく、あえて1社に絞って問い合わせができる仕様にするといった工夫も行った。
メディアは順調に育っていき、取引先も増加。「取引先にとってはこちらが副業だろうが本業だろうが関係ありません。責任ある対応を続けるためにも、メディア運営1本に仕事を絞る決意をしました」
●事業の成長と働く楽しさを両輪で回せる会社を経営したい
現在社員は8名。中島氏自身が副業から今の仕事に行き着いたこともあり、枠にとらわれない柔軟な働き方を体現する企業であることを重視している。
「私は一時的にハードな働き方をし、一気に経験値を積み重ねるのが向いていましたが、同期の中には向いていないのにそうせざるを得ない人もいました。人には向き不向きがあり、不向きなことをしなければいけないことほど悲しいことはありません。当社では、各々が向いている方向に向かえる環境を整えたいと思っています」
会社と従業員、役職者とメンバーというのはあくまでも業務効率を上げるための組織の形であり、権利と義務は常に対等。これが中島氏の考えだ。社員の生活水準を上げるために会社を大きくしたいと語る一方で、稼ぐだけでは意味がないとも語る。
「第3次産業を一歩前に進めるために、何ができるのかを考えたいです。これまではツールを中心に扱ってきましたが、これからはおもしろい食材にも手を広げていきたい。飲食店や小売店の個性が際立つようになれば、業界の活性化にもつながる。第3次産業の底力を上げ、盛り立てていける手助けができればと思っています。また、自社ブランドを立ち上げ、商品作りにも挑戦していく予定です」
メディア名の「OREND」は、暖色カラーであるオレンジとトレンドをもじって付けた造語だという。オレンジはメディアにも多く使われているテーマカラーであり、第3次産業の明るい未来をイメージできるカラーとネーミングだ。
現在は、ツールやシステムなど、業務効率化を図れるサービスの紹介がメインだが、最後に話があったように、今後は食材など、飲食業・小売業に関わるさまざまな情報も取り上げていく予定だ。また、国が分析しているデータをわかりやすくまとめ、飲食業・小売業に関わる人たちが、忙しい中でも素早く効率的に必要な情報にたどり着けるようにもしたいという。目指すは「飲食業・小売業のお役立ちメディア」だ。
「きつい」「ハード」というイメージを抱かれることもある飲食業や小売業の人たちが、労働環境を適切に改善し、楽しく働けるような手助けをしたい。その支えとなる社員たちにも、自分に合ったスタイルで楽しく仕事をしてほしい。中島氏の挑戦は、これからも続く。