一般常識とはまるで逆の発想であり、極めて革新的で、しかもその効果を実感する人が増え続けているトレーニング法がある。一般社団法人日本体芯力協会の鈴木亮司代表理事が実践する、「心と体を緩める頑張らない筋トレ『体芯力』」である。最大の特徴は、通常の筋トレが体の各部に力を入れて行うのに対し、体の表面の力を抜いてストレッチのような動きをすることで、体の芯の筋肉である「体芯筋(インナーマッスル)」を活性化させている点だ。「これにより体の姿勢を整え、代謝を向上させ、冷えやむくみの改善、体の柔軟性の向上、歩く・走るなどの動きの質向上が期待できます」(鈴木代表)。しかも、体に負担をかけたり強い力を必要としたりしないので、年齢に関係なく無理なく続けることができるという。
心と体を緩める「体芯力」で人々の未来に希望と勇気を届ける
●「力を抜く」必要性を知る
中学校まで運動が苦手だった鈴木代表に転機が訪れたのは、高校に進学して陸上部に入りやり投げを始めてからだ。そこでひとりの教師に出会ったことで、運動との向き合い方が変わったのである。その教師は円盤投げで大学時代に全国トップクラスの成績を残し、指導者としては生徒に練習を強要するのではなく、どうすべきかといった具体例を示すことでそれぞれの生徒が持つ力を伸ばしていた。「その指導を受けるうち、力を入れるだけでは駄目で、力を抜くことの必要性に気づき、理屈はわからないながら、意識して力を抜くようになってから記録が伸びるようになりました」と鈴木代表は振り返る。気がつけばインターハイ出場を果たすまでになっていたのである。
やがて高校を卒業した鈴木代表は、「力を抜く」ことを理論的に学ぼうとトレーナーを養成する専門学校に進学した。しかし、そこには答えはなかった。ただ、スポーツクラブでトレーナーのアルバイトをする中で得るものがあった。利用者の多くは高齢者だったが、体力をつけさせようと筋トレをさせても継続せず、パフォーマンスが上がらなかったのである。ここでも「体に力を入れるトレーニング」の先には目指す〝答え〟のないことがわかったのである。
●大怪我から師との出会い
そんな矢先、鈴木代表は格闘技の最中に眼窩底骨折という大怪我を負った。そのとき医師から眼圧を上げるから半年は筋トレをやめたほうがいいと言われ、「高齢者にも血圧を上げるような体の鍛え方は駄目で、太極拳のような力を抜いた動きがいいはずだ」という今までの気づきを再認識した。
こうして、体の力を抜くことを意識し高齢者を指導するようになると、確実にパフォーマンスが上がり、しかも無理なく継続できることが実感できたのである。そんな中で出会ったのが、東京大学の小林寛道名誉教授の理論だった。「そこには、力を抜いて動くことはインナーマッスルを鍛えることであると、しっかりしたデータのもと研究され、理論的に積み上げられていたのです。トレーナーをしながら実感していた力を抜くことの根拠を、明確に理解することができました」。
直接会って話を聞きたいという思いを募らせていた鈴木代表に幸運が訪れる。小林教授が近くでセミナーをすることがわかったのである。やがてセミナー当日、鈴木代表は講演の中で自分が思っていた疑問を何度も小林教授に質問し、終了後にスタッフが席に来てどういう関係の人なのか問われるほどであった。そこで、「自分が求めていたものがここにありました。感覚的にそうだろうと思っていたことが理論化、体系化されているのを初めて見ました。もっと学びたいです」と感動を伝え、師事するようになったのである。
●100歳まで歩ける人を増やす
その後、鈴木代表はトレーナーとして多くの人々を指導しながら、力を抜いてインナーマッスルを鍛えるトレーニング法を追い求め、科学的根拠に基づいた筋トレ法を独自に考案。小林教授の著書にあった「体の芯から力を出す」という一節から「体芯力」と命名し、「心と体を緩める頑張らない筋トレ」という副題を付けて、正式に講座を開設したのである。
これまでトレーナー歴約25年で4万人以上のトレーニングを見てきた経験から、「体芯力」の講座に自信はあったものの、「力を入れる筋トレ」が主流の時代に果たして応募があるのか不安もあった。しかし、予想を超えて応募者が集まってきたことで、鈴木代表は指導者や人々の中に現在の筋トレに疑問を持つ人が多いことを再確認したのである。
そうして応募してきた人の中には、超高齢社会の日本でますます重要性が高まっている、介護予防に取り組む理学療法士もいた。話を聞くと、筋力を付けさせようという動きは体に負担をかけるので、習慣づかず結果が出ないという負の連鎖に陥っていたという。それが力を抜く「体芯力」を学んで指導するようになってから、効果が実感できるようになってきているということだった。
「体芯力」の理念は「100歳まで自分の足で歩ける人を増やし人生に希望と勇気を」だと話す鈴木代表。ゆくゆくはラジオ体操のように「体芯力」を誰もが知り、力を抜いて楽に動くことが当たり前になれば、多くの人のためになり世界が変わると大きな夢を描いている。
「体芯力」の実践で日本人の健康寿命が延伸し、日常生活が制限されない人が増えることにつながれば大きな社会貢献となる。それは、国の財政を圧迫する医療費の削減にもつながるものだ。鈴木代表はそれだけではなく、体の調子がいいことで気持ちが軽くなれば争いが減ると話し、「人々が自分の体の可能性を感じることで、未来への希望と新しいことに踏み出す勇気を持つ人が増えていく」と思いを込める。